it's ALL right


so goodな毎日のつづき
by mizuki_n0314
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仕事の根っこ

今日は普通の一日だったけど今までのもやっとしたことがだからだ!みたいに思えた事案があって冴えている。
思ったところからtwitter に書いていったのでそれをまずはコピペします。

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*twitter逆時系列なので下から読んでいただければ幸いです。

関係ない。

もーダルビッシュの恋人えらびが本当に自分の頑張りで自信をつけた男のそれだなと思って気持ちよすぎるから。

なんのために集めんの。

仕事柄そういうのと隣り合わせですが、積極的にそういうことに対してノーな人たちを集めて行こうと思っています。

もープチ社会貢献して結局救われてるの自分だけみたいなケース多すぎだと思う。

この仕事していろんな人に会っていると片手間でやっている人と自分の何かを賭してやっている人のどこまで深く行けるかちゃんと考えて実行できるかみたいなところに差が出て来ているのも感じてる。一方で、自分にある程度の余裕がないといい仕事ができないのも然り。

たとえば気軽に寄付できるとか少しの期間でもボランティアしてくれると助かるとかそういうの分からないではないし、そのグロスが力を持つことも分かるけど、でもリスク取らないよね、自分は自分のひゃっはーな生活の片手間だよね…みたいに半目で見てしまう私がずっといる。

とりあえずみんななんちゃらデザインとかディレクションって言いすぎだと思う。

総合商社に新卒で入った友だちが3年で辞めて今はコピーライターなんだけど、転職理由を聞いた時に恥ずかしそうに「商社って人が作ったものを流して利益を得る仕事やん、なんも生み出してへんやんって思ってんねんな、で、作る仕事したいって」って言ってて蒼さ!!と思ったけど感覚分かる。

例えばNPOをやるということや音楽をやることなど今「どうせお金にならないし大変だし」みたいに特に思われているお仕事に対してこれからの人たちが憧れて目指してくれるよう、将来の担い手がでてきてその世界が盛り上がるようにって自分の有り様を見せている人たちに私はとても惹かれる。

1周まわってやっぱりお金が必要だビジネスとして成り立って持続可能なのが大事だみたいな論調あるの気になるけど、お金を寄付するのは大事だけどそれを担う人材、人生の一部をそれに捧げる人を作ることの大事さないがしろにされすぎだと思う。

とりあえず社会貢献とかソーシャルデザインとか言えば人も関心も集まるというのは分かるけど今のその流れに乗りたくない強い気持ちがある。

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私の仕事と関心柄、地域やコミュニティ、社会貢献、デザイン、本などのわちゃわちゃしたものと触れることが多い。
でも私はけっこう最近のこれらにまつわる動きには懐疑的なところがあって、実際に講座を申し込んでも違和感に耐えられず行くのやめたり、なんだかどうだかと思って本を買って読んだけどこれで金取るんだ!楽なお仕事!!とか思ったり、でもどうしてなのかがぼんやりしていた。

ひとつひとつ大事な問題だと思うので今後ひとつひとつ書いて行くとして、今日上記のようにtwitterに書いたきっかけだけ書きたい。

Amazon で中古の本を買う方は目にしたこともあると思うが、中古の本の買い取り販売をしている割と有名な会社がある。
何で有名かというとその売り上げがどれだけ寄付にまわったかという社会貢献という側面だと思う。
それは仕組みとして成功例と言ってもいい一面はあると思う。
だが、だいぶ昔にAmazon でよく見る中古書店だなと思って気になって調べたが、なんか腑に落ちないところがあって、最近はほとんどないのだが、稀にAmazon で本を買うことがあってもその書店(書店って言っていいのかすら私は懐疑的だが)では買わないようにしていた。
性格が悪いのでなんかしっくりこない人が儲かっているのがイヤだったのだ。
しかも社会貢献っていうものの捉え方が好きになれなかった。
そもそも社会貢献という言葉すら私は嫌いというか、逆に貢献してないものを挙げたほうが早いと思っているし。
そして、それは正直自分ができない、思いつきそうで思いつかなかったことを成し遂げている人への嫉妬なのかなとも思っていた。
でも今日明らかに違うと確信した。

もうここまで書くときっとどこの企業を指しているのか分かると思うので、私が疑問に思う、どう考えているのか聞いてみたいところは以下のところだ。

・古本を買い取り販売する行為単体で著者や出版社にはお金は入らない。場合によってはその本の新品の売り上げを圧迫する可能性がある。
→本好きとして本を商材とするひとりとして、本を作った著者や出版社の利益にできる仕組みを考えたいとは思わなかったのか。これを個人のレベルならまだしも大規模に新古書と言われる本屋さんに普通に並んでいて読者の手元を離された本でやるということに対して抵抗はなかったのか。(絶版の本やエディションを切られている作品集などは別だと思います)大規模になった今それらの方々への考えをどう置いているのか。

・社会貢献と言うがお金を寄付することが社会貢献なのでしょうか。
→すみません、経営、悪い意味での経営、お金を生み出し流すことしか見えないのですが。
それは大事なことだとも思っています。でも社会貢献=寄付という一義の見られ方でいいのですか。
現場に行かれたのでしょうか。その現場で何が必要とされ何が足りなくいくら必要なのか、お金以外には何が必要なのかどんな取り組みをされていらっしゃるのか、もう少し詳細に報告する必要があるのではないでしょうか。

・自分の本をブックオフに売るくらいなら寄付をしようと送っている方々。
→その気持ちが悪いとは思いません。でも、もったいないしで自分は社会貢献をしたとどや顔で言っている人、私はお友達になりたくありません(あっちもなりたくないと思うけど)
ネットや電話でおうちに取りに来てくれて、休日に家でごろごろしながらひきこもりが助かればいいなあなんて甘い考えだと思います。
本当に微力だけどなにもできない自分としてはせめてくらいの意識があればむしろウェルカムなのですが、現場で足りていないのは自分の人生の一部の大事な時間を使って本気でその課題に取り組める人です。
ひとり暮らしで自殺のリスクがある方に通院を促し働きたいと思う方には働けるようにお手伝いするまで、毎日何が行われているか知っていますか。
その現場の方がどこにやりがいを持ち自分に問題を問うて知識をつけてやっているか分かりますか。
何よりその当事者の方がどのような思いで苦痛を味わいそこまで切り拓いているか想像したことがありますか。
もちろんその活動には活動資金が必要です。むしろ資金難なので支援してくれるなら有り難い部分もあると思います。
でも、手軽に寄付、手軽に社会貢献、手軽に人の役に立つ、私はあんまり好きになれません。
その小さな薄いモチベーションがグロスになるとすごいうねりを持つのも知っています。
でもうねりを持つからこそ慎重になるべきだと思うのです。
消費者として食品は顔の見える生産者のものを食べる、有権者として1票をムダにしないで投票に行く、そういうことを思っている方は増えているのかなと思います。
でも、これらは、さんざん警鐘が鳴らされて来た分野だからかもしれません。
ボランティア、社会貢献、とその行為をすればとりあえず何もしないよりはマシ素晴らしいみたいに諸手を挙げるのがキケンなの、そろそろいろんな人が分かるべきだと個人的には思います。
耳障りのいい従来のイメージで礼賛するの、やめませんか。
と、人の役に立つ仕事でいいですね、社会貢献性の高いお仕事ですね、とよく分かってない他人に言われることの多い現場の人間の私は思います。

・で、ここまでアツく書いてしまったのだけど、私が思うにこの企業の代表の方には考えがないんだと思う。なんかふわっとした感じで始めたら思うより当たってしまって話が大きくなって人がわらわら寄って来るからなんとなくそれぞれと一緒に仕事をしたらこうなった的な。下心があるというより「あ、そうかもですねー」な天然みたいな。
→働く人がその動機としていること、その方向性を探るのが私のお仕事のひとつです。
これは個人的な感想ですが、元からであれ後付けであれ、その理由づけ(論理的でも感情的でもどっちでもアリ)がちゃんとできる、自分の言葉にできなくても香り立つ人はやっている仕事にもブレがなくて自分がそこで働くことの意味と可能性と弊害やリスクを認識しているのだなと信頼できます。
そう、意味しかない人はいなくて、たいていその人がそこで働くこと、ビジネスを行うことによってうまれる弊害や軋轢やリスクなどのマイナス面もあるのです。
でもそのマイナス面をきちんと理解してそれによって傷つけたり損害を与えたり悪影響をもたらしたりすることに真っ向から向き合って自分の仕事をしながらでもそこの解決、ひいてはそれをプラスにする方法を考えている人はとても誠実です。
それは勇気が必要で自分のプライドだけが高いとできないことだからです。
自分のダメなところをダメと知ることですからね。
オープンに言う必要はありません、でも、例えば同業の目利きが見た時に「え…」って思うことから逃げてるの、知らない他人からカッコ良くみえてもダサくないですか?
私はそんな風に思っています。

なんだか何の話してるのかよく分かんなくなりましたが、一部にしかウケないビジネス本書けるかもくらいの勝手に合点がいった感があった本日でありました。

まとめになりますが、ここに書いたようなこと、できている方ってほとんどいなく、さんざん私が突っ込んだ中古書店の代表の方もその一人なのかなあと失礼にも思ったりしているので、がっかりはしていないです。
人のことは人ですから。
ただ、引き続きそちらの書店から買うことを避けてその活動はウォッチして私の不信感が「あー、ホントすみません、私が誤解してました」になることを願っています。
いや、圧倒的に力のあるポジションにいまいらっしゃる(本、福祉の世界のいち企業、団体という視点から言うとお金と顧客とコネクション、影響力を持っている)ので、どっちかっていうとしっかりやって欲しいです。
でも、だからどうとかではなく、私は私の持ち場をしっかりやっていきます。
やらねばという自戒もこめて。

そしてこれは毎度のまとめになりますが、こういう価値観で居させていただいけるのも、数少ない私の仕事の仕方生き方の先生になる一歩先を歩んでいる同い年くらいのお友達、敬愛する作家さんたちの力強い歩みがあってこそのことです。
そういう人たちがいるから「ええええーーーー」「私がおかしい?いじわる?」「いや、これでよし、これがよし」と思って続けられるのです(全員カンチガイしてるだけじゃね?説も)

最後に、私の大事なお友達のサイコーのお答え
「いい仕事をするには?」
「ほんの少しの能力と、運とカンチガイ」
お後がよろしいようで。
(いや、大喜利じゃなくてこのサイコーさ、分かっていただけると信じてます)

吐き出したんで寝ます。
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# by mizuki_n0314 | 2014-11-21 01:01 | work

チャンス

今夜は珍しくテレビを観た。
たまたまつけていたチャンネルで深田恭子さんが出ている「女はそれを許さない」という裁判もののドラマをやっていた。
今回は離婚訴訟。
1話完結のドラマで酒井若菜さんが10年司法試験に落ち続けている夫と別れたいというもの。
テレビドラマだなあという簡単さはあったものの私にも思い当たるいろいろなシーンがあって心動かされた。

相手を思えば思うほど相手を苦しめること。
うまくやろうとしてもうまくいかないこと。
意地を張ってしまうこと。
小さいけれど幸せだった思い出。

結婚はしたことがないので分からないけど、結婚について考えることは度々あって、近い経験もしたことがある。
周囲には結婚をしている人も、して楽しそうにしている人も、もう破綻しているなという関係の人も、まわりには理解されないふたりの距離感があるんだろうなという人もいる。
そして結婚したけど離婚する人もいる。
結局これも私はよそはよそうちはうちだと思う。

では、私はどう思うかというと、結婚イコール最高の絆ではないけれど、最高の絆を作るチャンスをその相手の人との間に得られる貴重な機会だなと思う。
これは自分が4年間苦しい時期を同棲していた相手がいたことや、この人結婚してなかったらいいのにという想いを抱いたことがあることなど、この歳で結婚していない女性ならではの苦い経験をしているからというのもある。
でも、それらは苦い経験である一方、幸せを感じられた経験でもある。

やっぱり結婚の最大の武器はいろいろなことを共有する機会があるということだ。
一緒に暮らしたり、会話をしたり、それぞれの家族がいたり場合によっては子どももいたり。
結婚している人はたいてい面倒くさい一面もあるというのだが、それらをきっかけに相手との関係を深めて行くことができると思う。
他人にはそれができない。
そして、それをしないのならば結婚をしていても他人と変わらないと思う。
というか、それができて関係が深い相手との間にあるものが最高の絆だと私は思う。
それが夫や妻との間でなく、仕事仲間や友だちや恋人や親との間にある人もいると思う。
それはそれでいいと思う。
結婚した相手との間に最高の絆が作れるのが当たり前ではないし、何よりも夫や妻との関係が優先されるべきとも思わない。
でも、きっと人生の後半で一番一緒にすごす時間が長くいろいろなことを共有し手を携えて行く相手は夫や妻なのではないかなあと思う。
だったらそこの関係を最高のものにするほうが人生楽しい気がする。
なんか前向きなのかそうじゃないのか分からないが、どうせやるなら、みたいな感じだ。
私は仕事も同じように、どうせやるなら、楽しく最高のものをと思っている。
きっともともとケチで現実的なのだと思う。

最高の絆の人を選ぶのではなく、この人と最高の絆を作るチャンスがほしいと思う人と一緒にいること。
とてもシンプルだけど、そう思うようになってからいろいろ楽なのだ。
なんか、正解か間違いか、何点満点の何点の結婚をしたかじゃない。
信頼しうるベースがあって、スタートは程度の差こそあれ、1からのスタートだ。
ゆっくり10になっても、プラスマイナスを繰り返して20になってもいい。
1からスタートして2で終わってもいい。
でも私は欲張りだからゆっくりでもプラスマイナスでもいいからなるべく遠くまで行きたい。
そうだ、一緒に遠くまで行ける人がいいというのも最近思っている。
これは私特有なのかもしれないが、先に光を見せてくれてこんなこともあんなこともしたいねできるねといいながらあれこれしている途中でどちらかが先に死ぬのが夢である。
道の途中にずっといたい。
順風満帆でなくても苦労してもいいから道の途中がいい。
変わってるのかな。
でも、これもなんか、そう分かってからいろいろ楽なのだ。
周囲からは大変そうに見えるかもしれないけれど、私は先に光が見えてごにょごにょしている時が一番しあわせだったりする。

とか言って結婚もしていないので説得力はないのだが。
結婚してちゃんとやってたら自分を認めてあげよう。
きっと文句も言うはすだ。
でも、きっと楽しくやっていくだろう。

それにしても山中崇さんってほんといい役者さんですね。
つい出ていると観てしまうのです。
不器用で屈折しているけどピュアな人柄の表現で言ったらピカイチだと思います。
どこかでチェックしてみてください。
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# by mizuki_n0314 | 2014-11-12 00:16 | days

自分の持ち場

本屋講座に通ったりリトルトーキョーの市民になったりリトルプレスの準備をしていたり。
担当の学校が10月からかわったり。
自分にとって新たなコミュニティが増えたので今までよりSNSで目にする情報が増えたり。
なんかたまたまかもだけど年齢もあるのだろうけどここ1年くらいで数人の友だちが仕事で一気に階段を駆け上がるような状況になっていたり。

私の日常はそんなに変化はなく、相変わらず寝てカウンセリングしてというのが日々なのだが、ぐらっと波に揺られるような経験が増えた。
そして最近あまり体調がよくなかったりすることもあって、波に一瞬のまれそうになることがある。

でもぐるぐる気持ちが動いていろいろ考えて鎮めると、よそはよそ、うちはうちなのだ。
自分の持ち場をしっかりやることが一番大事なのだ。
持ち場はどこでなにを成すか、どんな表現をするか、どんな役割を担うか、それだけに集中し力を集約するのがよい。

前に写真家の友だちが言っていた。
散々いろんな人の写真の話をした後、でもさ、オレ人の写真なんてどうでもいいんだよね、興味ない。
というか、記憶力が悪いから人の名前も写真も忘れちゃうんだよね。
その時は、まあまあ、と思ったのだけど、真なりだなあと今は思う。

この間友だちの女性と話していて彼女がなるほどなあと思うことを言っていた。
人の批判や悪口を言う人って、自分がどう思うかの意見がないんだよ、ないから人の意見ベースでそれに対するイエスノーしか言えないんだよ、だってさ、自分が何かアイディアがあったりこれだっていう意見があったらその話するよね。
たしかに、仕事のできる友だちクリエイトしていける友だちは文句なんて言っているより自分のビジネスの話がどんどん出てきて終電の時間になってお開きになる。

この2人の言葉は共通するところがある。
そうなのだ。結局は自分というところの体力や濃度を増して行くしかないのだ。
ぎゅーっと精神統一をすると周囲が無音になるみたいな。
陶芸家さんが器のふちをなぞってなぞって自分のラインを研いで行くような。
だれがだれよりすごいとかだれが間違っていてだれが正しいとか、まあ全くなくはないけれど、人のやることを横目でちらちら見ながら作ったものが強度があるとは感じない。

今は本当に情報が溢れていて、簡単にいろんな情報にアクセスできて、情報がうまれ古くなるのが早い。
その海の中で流されて生きることもできるけれど、その中できちんと自分の持ち場をやり、小さくてもたしかに立つことが大事なのではないかなあと思う。

私は悲しいことに空気を読むスイッチオンができて器用貧乏で仕事に関しては営業脳だったりもするので、要請に応じることはできる。
でも、なんか要請に応じて仕事をしたりものを作ったりする時代はもう過ぎたのではないかなあと個人的に思っている。
それは私の人生、キャリア的にそういう時期が過ぎたのか、もしかするとこれは世の中のステージ的にもそうなのではないかなあと思っている。
私のキャリア的には説明がつくのだけど、きっとこれは世の中のステージもそうなのではないかと思っている。
SNSが浸透して今まで作られて来たタイプのウェブサービスに限界と新しい芽が見え始めて、個人の近しい繋がりや地域やライブな場所が再考されて久しい今。
でも私は仕組みを作る仕事をしたことがないのでそこはイマイチ裏付けができない。

今度仕事のできる同業界の戦友に聞いてみよう。
きっととても明快に意見を言ってくれるにちがいない。
自分の持ち場をしっかりやっている人は明快だ。

でも、どんなにそれが影響を与える人が少なくても動くお金がなくても、自分の持ち場をきちんとやることがこれからの仕事の仕方なのではないかと思う。
流されず振り回されず自分の役割、作用を価値あるものと信じてよいものにする。
それがこれからのはたらきなのではないかなと思ったりもする。

振り回されて落ち込んで疲れてたどり着く答えは強さが必要だけどシンプルだ。
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# by mizuki_n0314 | 2014-11-06 22:14 | work

ショートショート:「そ」そらごと

たしかにあの日彼は歩いていた。
歌をうたっていた。
言葉をつむいでいた。
音楽だった。
明日食べるヨーグルトを買っていた。
冷蔵庫に残ったままのヨーグルト。

果たされることのなかった日課。
天使になった彼のすべてはだんだんそらごとになる。
そらごとはうそ…そらに昇っていった彼にはふさわしい言葉かもしれない。
そらごとになってしまいたかったのかもしれない。
そんなの誰にもわからない。

きっと、そらの高くでギターの音にあわせて手をひらひらさせてリズムをとっているだろう。
地上から足がふと離れて、そらでただ、今までと同じように歌をうたっているだろう。
一瞬のこともはるか彼方のことも、思わせぶりな言葉もただのラララもうたっているだろう。

きっと、ずっとどこかでうたっているだろう。
天使になれなかった私たちのことなんて忘れてうたっているだろう。

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# by mizuki_n0314 | 2014-11-05 21:57 | short short story

ショートショート:「せ」台詞

きれいな台詞を口にしようとすればするほど遠くなる。

ただ言葉は時にきまぐれで、時に形にならず、シャボン玉のように消える。
言葉はいつも裏切り者で、時に私を振り返らず、急に背中を向ける。
言葉はでもうまれたくて、時にうまれなかった言葉は、けむりのようにぐるり私を包み込む。

次に会ったらこれを言おう、次にあなたが笑ったら、次にあなたが目を伏せたら。
でも、結局次にあなたが見せる顔はちがって、用意された舞台なんてなくて、台詞は行き場がない。

見つめればいいのか、抱きとめればいいのか、でも、どこかで言葉を信じてる。
芝居がかっていてもいい、ずっと残る台詞を探してる。
ずっと探してる。

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# by mizuki_n0314 | 2014-11-04 00:50 | short short story

ショートショート:「ふ」冬のしるし

意識がぼんやりする。
ホットカーペットの上にほっぺたをつけて横たわる。
気付くと夢ともうつつとも知れない感覚だけの時が流れる。
目を閉じて手触りを思い出す。
大きく手をまわしてしがみつく広い胸。
安心したように吐いた息。
ただその優しくほどけた顔だけがぼんやりかなたに見える。
夜なのか朝なのか夕暮れなのか。

しっとりとしたその肌に頬をつけてあたたかさを感じたい。
だんだん熱を帯びるベッドの中。
暑すぎて投げ出した足に触れる冷えた空気。
乾燥した空気。

これはきっと冬なのです。
夜が長い冬なのです。
冬のしるしを、今年の冬の手触りをなぞるようにしてまた眠りにつく。

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# by mizuki_n0314 | 2014-11-03 22:09 | short short story

冬がやってくる

ここ2日間平日だけど仕事がなく、予定もなかったのでずっと家にいた。
体調もあまり良くないので気分も塞ぐ。
ちょっと寝ては起きてを繰り返して、ソファにもたれて積み重なった本の背表紙を見ている。
これはダメだなあと思った。
仕事は1日に集中するように10月から組んでもらっている。
そのため、今までと同じくらいの仕事量なのだけど、毎日はない。
休むつもりで家にいても結局家にひとりでいると良くないことばかり考える。

冷えてきてひざやつま先や肩が冷たくなる。
日が暮れるのが早くなる。
冬がやってくる。
母が亡くなった12月が、父が亡くなった2月が。

昨日妹から私のアイコンにしているねこのまこが亡くなったと聞いた。
そして今も家にひとり暮らしているねこのぼうしの話になった。
夜中に三姉妹LINE でもう亡くなった家族の話になった。
妹たちは今日仕事なのに眠れずに夜中の2時すぎまで話していた。
おじいちゃんは私と母のことをとても大事にしていて、母がお嫁に来た当初朝母より早起きしてガス釜のご飯をだまって炊いておいていた。
運動神経のにぶい私の自転車補助輪なしの練習に付き合ってくれて夏の夕立の中初めて乗れてはしゃいでずっと庭をぐるぐるまわってるのを嬉しそうに見ていた。

じいちゃんに会いたい、お母さんに会いたい、お父さんに会いたい。
でもそれは叶わない。
そしていつかとなりのおばさんに会いたい、妹に会いたいと思うのも叶わなくなるのだと分かっている。

なんか、私がやっている仕事も、やろうとしているリトルプレスも、結婚して家族が欲しいと思うことも、結局自分の穴をふさぐためなのではないかと思ってしまったりする。
でも、こう思うのはきっと具合が悪いからだと思う。
そう分かるくらいにはいろんなこととの付き合い方が分かってきた。

きっと、そんなことはない。
きっと、哀しみも愛しさも教えてもらった者だからこそできることがあると思いたい。
私にはいろんな人の愛情が詰まっている。
私が泣いたらじいちゃんもお母さんもお父さんも悲しい。
私がみんながいたことなんて忘れるくらい毎日笑って過ごしているのがいいんだと思う。
私がいなくなった後にもし妹たちが残ったとしたら私のことなんて思い出さないような日々を送ってくれることを願う。

どうするのが正しいのか正しかったのかなんて分からない。
そして私は常々思っているのだけど、正しさよりふさわしさが大事だ。
それは人に寄り添うことであり、心地よくあることだ。

明日からちょっと仕事が集中。
あったかくして早めに寝よう。
明日はかなり冷えるらしい。
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# by mizuki_n0314 | 2014-10-21 23:56 | days

Dreams in the dark/安藤裕子



昨日はベニーシングスのライブに友だちと。
ベニーシングスは私の大切な友だちの写真家さんに出会った夜に勧めてもらってはまった曲で、
友だちはとてもいろんなことを包み隠さず話してばいばいする時はいつもちょっとふくよかな気持ちになっている大切な人。
そして安藤裕子は前にお付き合いしていた彼が安藤裕子の曲を聴くと私を思い出すととってもお気に入りだったアーティスト。

そんな大切に包まれた夜。
写真家さんの盟友の展示を見て心動かされて、友だちと美味しいもの食べてにこにこおしゃべりして、そしてポップでハッピーな曲に包まれて。
幸せな夜でした。

そこでベニーと安藤裕子が一緒に歌ったうちの1曲がこのDreams in the dark です。
もともと大好きだった曲なのですが、今とてもこういう気分です。
かわいい曲で、ピュアでシンプルで。
いいことばかりじゃないけど、願えば叶うわけじゃないけど、
世界中の人が笑えたらいいな、世界中の夢が叶うならいいよ、
とやさしくあったかい音に乗せて歌っている。

なんか、どうでもいいことだけど、私、最近ある人を想像して、もし、結婚のご報告をするとしたら何て彼に対する気持ちを言葉にするかなと考えていて。

彼の屈託のない笑顔がなるべく多く見られますように。
彼の願いが叶いますように。
そして、日々が楽しく穏やかに過ぎていきますように。

かなあと今思っていす。
そんなことにも繋がるこの曲とっても優しい気持ちにさせてくれます。

シンプルに誰かの幸せを願うことはあたたかなことですね。

*音しかないYoutubeですが、言葉をなぞって聴いてみてください。

---

Dreams in the dark

見果てぬ 僕の夢を
からかう雪が舞って
曇るガラスに光る町並み
君に会いに行くよ
君に会いに行くよ

時計の針が 空を突き破る頃までに
願いは叶うさ 唱えてみてよ
君に会いに行くよ
君に会いに行くよ
Merry Merry
Let's one two blow kisses
Merry Merry
sweet dreams in the dark
Merry Merry
When the candle was blown out
Merry Merry
I made a wish in the dark

世界中の人が笑えたらいいな
世界中の夢が 叶うならいいよ
Merry Merry
Let's one two blow kisses
Merry Merry
sweet dreams in the dark
Merry Merry
When the candle was blown out
Merry Merry
I sang silly dreams in the dark
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# by mizuki_n0314 | 2014-10-21 03:09 | music

揺り戻し

ここ最近からだの調子が良くない。
以前はなかったのだが疲れると自律神経が乱れるらしく、ほてりと寒気が一気にきたり動悸がしたりする。
あと、もうここ1年くらいなくてやっと精神的には寛解かと思ったけど、ここ1週間は気分的にも塞ぐこともある。
今日はかなりきつく、日中ずっと眠っていて22時くらいにやっと起きた。
あまりにも呼吸が苦しく不安感があったのでめったに飲まない頓服を飲んで寝ていた。

担当学校が変わったり勤務形態が変わったり、新しいクラスが始まったりしてなんだかんだ慌ただしかったなあとも思う。
そして、これはとても楽しいことだったのだけど、本屋講座に通って新しい知り合いが増えたりリトルプレスを作ることにしたりと活動量は多目だったなあと。

この病気(私の場合はうっすら病後)の場合揺り戻しというのは必ずあることなので、仕方がないかなあと思っている。
にしても、毎度のことだけどうんざりする。

リトルプレスの台割とスケジュール、印刷見積もりもしないと。
これは来週の月、火には仕上げたい。
でも、病気をして以降、集中力と稼働可能時間が減ったため読めている本も少なくて、今参考書籍となるようなものを読んでよくできているなあと思ったりしている。

そんなところも含め、日々、1日ひとつずつでもいいから、できたことを認めて行こう。
認めて進んでいこう。

そういえば、毎年使っている手帳をネットで買ったのだが、ひとまわり大きいとても持ち歩けるサイズでないのを買ってしまった。
返品するにも送料が高くつくので、これを機に、読んだ本とその日のことばを記して行くことにした。
何かのアイディアになるよう。
眠っていたものづくり&企画脳が呼び覚まされるように。

とりあえず、今日もたっぷり眠ろう。
まだまだ体調は微妙だ。
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# by mizuki_n0314 | 2014-10-18 01:53 | days

どこまでも

3クラスのカウンセリングがスタート。
無事今週分を終えた。
まだの方もいるけどひと山越えた感じ。

昨日発売されたばかりのサカナクションの「蓮の花」をずっとリピートして聴いている。
昨日数回聴いてのツイート。これ以上の表現は思い浮かばないのでそのまま引用。

---

神というか天使からの不意のプレゼントの蓮の花、聴くならイヤホンとか音響のいいライブ会場で聴きたい。ストラクチャーのようにどんどん重なって高揚していくのがとても気持ちいい。ふわふわ夜をたゆたいながら、その日電車の中で見たこと、話した人の表情、遠いけど低い東京の空、流れて行く情報と車窓と人の往来、でもその中に立ちすくむひとりとして手を胸の前で合わせて目を閉じて思うこと…傷み、憎しみ、かいま見える喜び、それらを胸に抱えやり場がなく祈るように毎日を生き、その繰り返しの中で胸の前で合わせた手を天に伸ばし…届く事なんてないんだけど、でも手を伸ばし昇ろうとする。昇華させたいものがあってただただ天を仰ぎ目をつむる。そんな山口さんが目に浮かびます。とても美しく本当にいい曲です。

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配信でしかリリースされていないので耳にする機会もまだあまりないと思うけど、ぜひ一度聴いていただきたいむき出しの曲です。
なんか山下智久くんの恋愛映画の主題歌らしいんだけど、使う方もこの曲でいっちゃう方もどっちもどっちですごいなおいという感じです。

でも、この曲ちょっと音的にもドラッグとかお酒っぽいところがあって、音と声の波に酔うんですよね。
で酩酊したみたいな気分で聞いてるといろいろ考える、というか、いつもは目をそらしていたり伏せていることや思っても思っていないと思いたいことが見えて来る。

で、たぶん最近元気になったのだと思うけど、やっぱり私は勝負というか試したいし、ごまかして進みたくない。
潔く、素直に、たたかう。
で、自分がちゃんとやって、やってないやつはやってないやつって思っていい。
でも、大事なのは自分がちゃんとやること。

仕事も、リトルプレスも本屋も、大切にする人も、仲間も、今はまだない何かも。
まだまだいける、遠くまでいける。
この感覚がらしい感覚だという気がする今日この頃です。

だからと言って毎日たたかいモードなわけでもなく、花かつおが舞っているイメージしか浮かばないくらい疲れたので、明日はぐーっと寝て夜はビョークのバイオフィリアライブの映像を観に六本木に行って参ります。
久しぶりの映画、ビョークのライブは初めて見るので楽しみ。
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# by mizuki_n0314 | 2014-10-09 22:23 | days

タイトルが決まった(たぶん)

昨日は本屋講座1期最終日。
いつも授業が終わると終電ぎりぎりでクラスメイトとあまりお話できず帰るのだけど、昨日は最後にみんな一言ずつ感想や想いを言って、ビールで乾杯できて楽しかった。
2期以降も続くということなので、引き続き受講してリトルプレスと、本屋の仕上がりに向けてやっていきたい。
そう、そもそも私は本屋がやりたかったのだ。
でも、本屋は今回の講座でもとても明らかになったのだけど、初期費用がすごくかかる。
500万〜1000万…カウンセラーの仕事を今中断するのも中途半端だし(まだまだやりたいことはある)、仕事の傍らできるのとなると…まずリトルプレスということだ。
でも、リトルプレスをやると決めてからすごくスッといろいろなことが統合されていって、やっぱり今の私に最もふさわしい形態はリトルプレスなのだなと改めて実感している。
だし、手加減しないどころかすごくいいものを作ると意気込んでいる。
だし、デザイナーとふたりとてもいい形で今のところ進められている。

そして、ずっとどうしようねーと言っていたリトルプレスのタイトルが決まった。
デザインしてみないと分からない部分もあるのでまだまだだが、今のところ一番しっくりくるなあとも思っている。

というか、昨日の本屋講座の1期最終講義がとても楽しかった。
自分の具体案も先生に見ていただいてアドバイスをいただいて、方向性が見えて来たし、クラスの人からの期待も感じることができたし、これからともに本まわりで頑張って行けそうな心強い仲間だったんだなやっぱりという気がした。

周りの人からはけっこう飲みに行っていると思われる私だが、週に1回あるかないかくらいで、その分こういう講座やライブや講演会などに時間とお金を使っている。
(カウンセラーという仕事柄、仕事が終わってまであてどなく話をしていたいとも思わないというのもあると思うけど)

そしてそういう中で感じた感動やつながった人との関係がとても嬉しい。
1ヶ月くらいは2期までお休み。
でもリトルプレスの発売まであっという間だ。
来週から本業のカウンセリングも新しいクラスが一気に3クラス始まる。

でも、なかなかハリがあって楽しくもあるのです。
あれ、これdaysみたいな内容だったな。
ま、いっか。
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# by mizuki_n0314 | 2014-10-05 23:51 | work

目指す距離感

サカナクションの山口さんが「みんなが手の届くちょっと先の音楽を書きたい」と言っていた。
アーティストさんはそれくらいがいいと思う。
私のリトルプレスは「みんなが手をいつもよりちょっと伸ばして届く内容が書きたい」と思う。
特別な人の特別な話でなく、一部の選ばれし人が先導をする知見でもなく、日常のだったらいいなを引き寄せる何かになれば。
リトルプレスを始めるとなってから、いろんな人に会って、エラそうにも「アイディア盗まれたらやだな」と思っていた時期もあった(単に人疲れしていた説も)のだけど、この距離感のあるリトルプレスを目指してできるかと言ったらそれは私とデザイナーの彼のリソースとさじ加減みないなこと次第だからそこに基軸があるものを作ればいいんじゃないかなあと思っている。

今週いっぱいは1日だけ外で仕事、あと事務処理がたんまりあるけどしばらくお仕事はお休み。
この情報収集をして取り入れて切り捨てて自分の中の感覚を煮詰めて行く作業です。

映画でも観に行きたいけどなあー。
また今週もムリそうです。
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# by mizuki_n0314 | 2014-09-29 03:14 | work

無題

4月からの半期のカウンセリング終了。
一時体調を崩したりでひやひやしながらの半期でしたが乗り切ったー。
1週間くらいお休みなのでたくさん寝て本読んで映画も久しぶりに行きたいな。
あと、リトルプレスの企画を煮詰めないと。
とかしてるとあっという間に次の半期のカウンセリングがはじまるんだろうなあ。

とりあえず土曜の本屋講座の課題をやっていないので今夜は早寝(といってもまあまあ遅いけど)して明日しっかり。
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# by mizuki_n0314 | 2014-09-26 00:55 | tweet

君の事以外は何も考えられない/Mr.Children



twitter お友だちにミスチル大ファンの同世代がいて、やりとりきっかけで今までちょっと遠ざかっていたミスチルを聴きなおしています。
で、今はB-SIDE というカップリング曲などを集めたアルバムを聴いてます。

この曲大好きだったなあ。
今聴いてもいい。
大人になるとこういうクサいとも言えるストレートなラブソングってうわあーって鼻で笑ってしまう時期があるのですが、まわりまわって今なんか気分です。

いろんな音楽通ってきてこの曲を聴くととってもよくできているんですよね。
いや、桜井さんは初期衝動的な感じで作った曲だと思うのですが。
メロディーラインの抑揚と桜井さんのハイトーンな声がマッチしていて、歌詞もこれ以外ないなと思うくらいメロディーにハマっててシンプルに大好きって言ってる。

なんか、理屈をつけたり保険かけたり伏線はったりも大人になるとやらなきゃいけない時もあると思うのですが、こう気持ちや想いをパンと弾けさせるって大事だし何より気持ちいいなーと思うのです。

歌詞、シンプルすぎて呆れるくらい清々しい。
そんな清々しさが、健やかさがまぶしい。

---

真夜中過ぎても眠れないから
今夜は このまま 星を見つめて

君から聞いた お伽話
少し信じてみようかな

君の事以外は何も考えられない
いつもそばにいてよ
いつまでも そばにいるよ

いくつになっても 風に吹かれて
いったいこの先 どうなるのだろう

僕が途方に 暮れてる時
君の言葉で救われる

君の事以外は何も考えられない
いつもそばにいてよ
いつまでも そばにいるよ

こうして二人でいられる時は
不思議だね 一日がすぐに過ぎてく

君が居眠りする間に
新しい歌が生まれる

君の事以外は何も考えられない
いつもそばにいてよ
いつまでも そばにいるよ
君の事以外は何も考えられない
いつもそばにいてよ
いつまでも そばにいるよ
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# by mizuki_n0314 | 2014-09-24 23:38 | music

無題

夜までずっと眠り続けていたので眠れない。
たまに一日ずっと眠っているということがある。
大学生の頃もあったかなあ。

仕事がらみで、これから半年の計画が狂ってしまうかもしれない。
相手にも予定があるってことを考えずに仕事投げるんだなあともう期待もしていないのでぼんやり思う。

なんか近年、思うところあって、自分が強く握るのではなく要請に応じてという感覚の時が多かったけど、今からしばらくは自分の希求する未来に向けて舵を切るような感覚で行かないとだなあと思う。

大切な人、大切な思い、大切な未来。
私には未来がある。
そう思えたのは久しぶりだし、そう思うことは力になる。

ところどころに立って私に光を見せてくれる人たちに感謝。
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# by mizuki_n0314 | 2014-09-24 03:33 | tweet

どうなのそれ

今仕事をいただいている会社のうち1社の社員の言動には閉口することが多く、同業としてとても不快感を覚える。
朝からうんざりするような連絡があり、一日自分の感覚がおかしいのかなと考えてみたがやっぱり自分の感覚を大事にしたほうがよさそうだなと思った。

どんな業界でもそうだけど、お金の流れと仕事の流れと人間関係は複雑だ。
私の社会人のスタートは営業からで、お客さんから仕事を受注し、自分の親より年上の製造現場のベテラン職人さんに無理をお願いするようなことも多くあった。
そんな中で当たり前だけど、お客さんの言う事をそのまま現場に押し付けるようなことは決してしなかったつもりだ。
営業は製造現場を選べる立場にあり、お客さんにそっぽを向かれたら売り上げが立たないわけだけれど、お客さん上、自分中、現場下なんて大嫌いな考え方だった。
実際同期にはそういう営業が何人かいて彼女たちはうまく仕事をまわせていなくて社食で文句ばかり言っていた。
そりゃそうだ。奴隷のように使われてモチベーションの上がる人なんていないし、人間浅はかなものでこいつ何でもやるなと思えば何でもやらせる歯止めがきかない。

新卒の頃から今までずっと対人の仕事をしてきて、業界トップの会社も業界での立ち位置が不明瞭な会社も経験した。新しい会社も大昔からある会社も。
でも結局は自分で蒔いた種だね、まわりまわって自分で自分の首締めてるよねって思う。
構造に勝手に上中下を作り日和見をしている中の人は上からは厳しくされ下は協力してくれない。
そんな中のところに仕事が集まるはずもなく、まわってくる仕事もいいものは来ない。
そうすると苦しくてまた上に媚び諂い下を圧するがもう誰の心も離れている。
誰しもどんな企業でも側面を見ればいろんな立ち位置になることがあるからみんなにとっての共通の課題のはずだ。私は経験がないがマネジメントとかの話にも関連すると思う。

じゃあどうすればいいのかという答えはいくつもあると思うが、私はそもそもお金を払っているから上とか仕事をもらっているから下とかお客さんだから何でも言う事を聞くべきとか部下だから言う事を聞かせるべきとかいう考え方がバカらしいと思う。
すべては役割だ。
役割に上中下はない。
ぞんざいに扱っていい対象もいないし、王様もいない。
というかきれいごとではなく、限られた時間と労力で最大の効果、いい仕事をしようと思ったらそんなバカらしいゲームしてないでそれぞれの力をいかに引き出して今とこれからに繋がる成果が残せるかだ。
そういうことを考えないでバカなお仕事ゲームしてささやかな優越感に浸っているくらいなら私は無印の廃人養成クッションでコーラ飲みながらサカナクションのBlu-ray でも観ていたい。

でも、実にふしぎなのが人材業界で働こうって人って人の仕事や生活や気持ち、企業の利益や成長をちゃんと考えたいからわざわざ数ある業界の中で人材を選んでいるんだと思うんだけど…7年目にしてそんな感じはあまり感じない。

でもまあ、同業界の人と関わって仕事しなければいけないのは切り離せない現実だけど、前も書いたけど、人の仕事なんてどうでもよくて、自分はたしかな仕事をしようとまた決意を新たにしたのであります。

なかなかどうして根性が試されますね。
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# by mizuki_n0314 | 2014-09-22 23:47 | days

ショートショート:「れ」列車

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大学の友だちとふたりで旅に行った。
帰りの列車。
山陰のどんより曇った空としっとりした空気。
空いた電車はゆっくりゆっくり進んでいた。

ふたり向き合って乗ったボックス席。
私は窓ぎわで外を流れる景色を見ながら窓枠にもたれてうとうとしていた。
彼は通路側の席でタブレットで本を読んでいた。
うとうとした私が目を覚ますたび彼は読んでいたタブレットから顔を上げ、ひとことふたこと会話をした。
「なかなか着かないねえ」「よく寝てたね」「まだしばらくかかるから寝てていいよ」「何読んでるの」
でもすぐ私はうとうとしてしまう。
でも夢とうつつの合間で彼のふわっとした笑った顔がイメージとして今でも残っている。

彼は友だちだけど、ずっと私の隣にいて、まったくみづきはーといつも笑っている。
包容力があるタイプでもなさそうだし、友だちなのであまりそういう観点で見たことがないのだけど、彼と話をしていると「いいんだよみづきはそれで」「あなたのことは信用しているきっと大丈夫」って素直に言い合える。

山陰の深い緑とうっすら積もる雪、宍道湖の鎮まり、ふたりでごとごと鈍行列車に乗ったこと、駅の小さなおそば屋さんでおそばを食べたこと。
そして東京では同業で闘う信頼し合う戦友として新橋のもつ鍋やさんでお酒を飲みながらする仕事の話とバカな話。

なんか、こういう日々が続いていけば幸せになれるかもなあと思ったりもするのです。
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# by mizuki_n0314 | 2014-09-19 02:58 | short short story

無題

今日は何となくもんわり毒っけにも当たった日だった。
人というよりは私の中に入って来る情報として。
最近よい人との出会いや関係の深まりもぽつぽつ点のようにあってそれがとても光になってくれているのだけど、それの何倍も毒っけに当たっていて疲れる。

でも、みんな仕事が中途半端だなあって思う。
や、そういう仕事の仕方でいけない人たちが声高に自分の仕事をPRしている割に中途半端だなあって。

毒っけに当たった日はそれをプラスのアクションに移すにはと考えてそれはそれでまた面白くも大変なのです。
でもね、文句は言うけど自分じゃ何もしないなんて一番ダサいしやった人には勝てないと私は思う。
なので、やるのです。

明日は休講日、久しぶりの平日何もない休み。
2年間の休館前の写美に行ってきます。
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# by mizuki_n0314 | 2014-09-18 02:44 | tweet

無題

ふと、自分はどこに向かうのだろうと無力さを感じるときがある。
無力だと感じるということは力が欲しいのかなとも思うとそうでもない。
死ぬまでやることはたくさんあるのだけど、夕暮れのような夜明けのようなどちらでもないぼんやりしたところをたゆたっているような気がする。ほぼ毎日。
でも、これって私ひとりではないような気がする。
こういう日々があって、こぼれ落ちる人もいれば、ただ居たい人もいれば、鉈で切るように切り落として自分が上に行ったと思いたい人もいる。
どれもこのぼんやりした日々を生きるにはそうするしかないのだと思う。

数日前朝日新聞の会見を仕事から帰ってみていた。
その日にあったことも含めてもうチャコールグレーなんだなあって何となく思った。

だからどうってことなく日々は続くのだけれど、面白い、前に進める、だけじゃなくて、私たちはチャコールグレーの世界で生きているってこと忘れないで仕事もリトルプレスもしないとなあって思った。
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# by mizuki_n0314 | 2014-09-16 01:55 | tweet

本業

そういえば、本業のほうだが、結局今お仕事をいただいている2社とそのまま引き続きお仕事をすることにした。というか、なった。というか、していただき有り難い。

カウンセリングは負荷がかかるから紹介会社のアシスタントとか学校事務とかいいなあと思ったのだけど、そもそも私は事務処理が苦手だったということに気付いた。
というか、Excel が使えない。表計算がギリで関数はムリだ。Access も触ったことがない。
どのような機能がありビジネスシーンで何に活用できるかなどは仕事柄知っているし、それらができるようにすることは全然問題なく前向きなのだが、カウンセリングから離れてしまうことがやっぱりイヤだった。
まったく割に合わないなあなんて思う仕事だけど、どうやら好きだし他の仕事にすぐ乗り移ろうとするほどよりはこの仕事のプロになっているのかもしれない。

幸い担当学校が変わったり、勤務日数と時間帯が変わったりして今までよりは効率よくメインの本業のほうはできそうだ。
サブの本業のほうはお給料もらうの悪いくらい勉強になるし心地よく働けているので仕事を依頼いただいたら二つ返事でやるようにしていく。

だがしかし!9月もそろそろ半ばなのにスケジュールが決まっていない。
契約は来年の3末までで仕事のボリュームも分かっているが、1週間前に無茶ぶりされる怖れがありそわそわしている。

ということで、結局今の形で仕事を請けて2年を迎えることになった。
4期目に入り慣れて来た分、情報をしっかり入れてこまめに動いてカウンセリングの質も上げたい。

本業は本業でちゃんとやらねばなのだ。
というか本業も副業も相互作用がある。

今月は半年持ったクラスと3ヶ月持ったクラスが同時に終わる月。
カウンセリング最終回にお手紙とお菓子をいただいた。
この仕事をしているとさようならはいいことだ。
ひとりひとり就職が決まり新たな生活に向かいさようならをしていく。
こういう時がやっぱりいいなあと思うのです。
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# by mizuki_n0314 | 2014-09-15 01:06 | work


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