it's ALL right


so goodな毎日のつづき
by mizuki_n0314
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抱ける女

果てなき問いなのだが、思い出と今とどっちが強いのだろうと思ったりしている。
じゃんけんじゃないから強いとかないのだけど。

とってもデジャブなドラマ「最高の離婚」で真木よう子が「抱ける女は抱けなかった女には勝てないのよ!」と泣きながら言う台詞があったのだが、その時は「そうそう!」と思って涙したものだ。

手に入れられそうで手に入れられなかったことのほうが結局いつまでも届かなかった感、届かないから自分にとっていつまでも夢のようなものという感じがあって、さらに思い出は美化されて行くのだろうと思っていた。
いや、今でも思う。

今を生きながら今を見ずに遠くほの明るい思い出を抱いて生きることもできる。
きっと多かれ少なかれそういうところはみんなあるだろう。

でも、と最近は思う。
やっぱり、抱けなかった女はずっと胸に抱いて体温を感じることはできないのだ。
抱いて気持ちいいかやわらかいかどんな顔をするか、一緒に笑いあえるか、そんなの抱かないと分からない。
抱き続ければ、まあ飽きたりもするだろうけど、抱き続ける心地よさというのも味わえるだろう。

ということで、最近は抱けなかった女に勝てない部分はあるにせよ、私は今やこれからがある抱ける女のほうがいいなあと思ったりするのだ。

別に恋人に抱いてほしい抱き続けてほしいとかでなく。
空想や夢や過去の思い出の中に生きるのもいいけど、やっぱり今を一緒にすごす人が大事だなあと思ったりする。
一緒にいさえすればいくらでも可能性はある。
かつて傷だらけになってもふたり目を見開いてずっとずっとお互いを見つめ合っていなければいけないことに疲れ果てた経験はあるけれど、これも思い出になったからかなあ、あれは豊かな時間だったと思う。

抱きたいと思って手が届くところにいること、そんな素敵なことってないと思う。

結局「最高の離婚」でも真木よう子の夫役の綾野剛は抱けなかった女の高校の頃駆け落ちしようとした人ではなく、抱ける女の妻がいいとどんな理由だったか忘れたけど、とても心地良さそうに愛おしそうに言っていた。

抱けるところにいてほしい。(私女だけど)
抱けるところにいたい。

なんか最近の切なる思いである。
なんだろこの感覚。
まだ言葉にならない。
そのうち答えが出るだろう。

思い出か今か、答えはない。
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by mizuki_n0314 | 2014-06-28 01:02 | days

無題

今夜はBibio のThe Green EP を聴きながらこれを書いている。
今日はひどくだるく億劫だった。
気持ちも塞ぐ。
でも仕事をして帰る頃には軽くなっている。
やっぱり朝がつらくて夕方にかけて楽になる症状だ。

同い年で同じような就業支援の仕事を始めようとしている人がいる。
別に年は関係ないと言えばないのだが、私の年になるとシーンに徐々に出始める人が多くそれが嬉しく励みになる。
ちなみに星野源、サカナクション山口さん、壇蜜は同い年だ。
ブックディレクターの内沼晋太郎さんもたしか同じだ。
他にもいっぱいいるけど、私的にこの4人は特別な思いがある。
そして直接の友人にも各業界でうごめいている人たちがいる。
でもこの年では決して早く芽が出たほうとは言えない。
だからこその10年寝かせた(実際サカナクションはビクターに10年寝かされた)くらいの積み上げがある。
どんどん周りが進んで焦ったりもがいたりしたこともある。

いつでもいいと思う。
成した仕事が1つでもいいと思うし、成すのに人生が間に合わなくてもいいと思う。
でも、やっぱり繊細なのに傷つくの覚悟で何かを成そうとする人は美しいと思う。
言い訳をせず、誰も責めず、ただひたすら成すために重ねる。
なんかそういうのって美しいなと思う。

ひとひらひとひらの積み重ね。
そういえば、もうすぐ夏なのに雪のひとひらを本屋さんで見つけて今夜読もうと思って買った。
と思って家に帰ったらすでにあった。
文庫本はよくこういうことがある。
いいよって誰かにあげて、あげたからないと思って買って、あげちゃうから買っておこうと思って買った本が家にあるっていうオチ。

今そんな本が3冊ある。
明日会う友だちに一冊あげようか。
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by mizuki_n0314 | 2014-06-27 23:48 | tweet

無題

最近毎日書いている気がするので、ちょっと続けてみようかと思う。
今夜もAll Night を聴きながらティーツリーにフランキンセンスをちょっと足したアロマの香りでゆるゆるしている。
ここ2週間くらいとても淡々と過ごしている。
じゃあその前がそんなに慌ただしかったかというとそうでもない。
ここ2週間は週5で仕事を2週間続けた久しぶりの週なのでそれなりに動いている。
きっと要は体調が良くなっているのだと思う。
昨年の春から徐々に仕事量を増やして仕事をしながらの回復を目指している。
負荷が増えると一時的に調子を崩すことも多いが、戻るまでの時間もだんだん短くなっており、その負荷に普通に耐えうるようになっている。
この方法が果たして最善かも分からないし、本当は離職してリワーク&資格の勉強とかしたいと思っていたりもする。
でも、昨年の春からすれば本当に良くなったと思うので焦らずいくしかないなと思う。

今年は紫陽花を観に行かないまま梅雨が終わりそうだ。
どこだか井の頭線沿いに隠れ紫陽花の名所があるらしい。
土曜にそこくらいは行けるかなあ。
去年は鎌倉に行ったっけ。

夏は何しよう。
旅行は3月にベトナムに10日間行って満足したので日常に近い夏っぽいことをしたい。
今年の近所の花火はサークルの仲間を招いているので集まって土手でビール飲んで花火をみたい。
あと野球も行きたい。やっぱり神宮だなあ。夜空に飛ぶボールが好きだ。
あとは日比谷野音の原田郁子ちゃんと畠山美由紀さんとsalyuのピアノライブにも行く。
あとは友だちが綾野剛が出る舞台に誘ってくれたんだっけ。
あとはお盆は実家に三姉妹で帰ってお墓参りができればと思っている。
そうそう、妹が7月に入籍するのでお祝いおうちごはんもいいな。

とかしてると夏が終わる。
でも、ゆっくりがいいなあとも思う。
この歳で働いているからあまりそうは見られないが、のんびり家にいるのがけっこう好きだ。
最近は2週間くらいひとり引きこもって読書する妄想をしている(笑)
社会人なんて割とそうだろうけど、2週間引きこもって読書をした経験は大学以来ない。
仕事があると2週間はなかなか休めないし、離職中は病気だったこともあり読書したいとも思えなかった。
意外とお盆休みはそういう風に使うのもいいかなとも思っている。

とかしてると秋が来る。
あっという間だなあ。

でも、あっという間に時が流れてもつかず離れず長く付き合ってくれている人たちというのがいて、最近ふと、でもしみじみありがたいなあと思う。
なんかホントに素敵な人たちばかりだ。
今までもらってばっかりだったからこれからの時間はなるべく優しく穏やかにちょっと光になるようにできていけばなあと何となく思っている。

そういえばオリンピックって本当に東京でやるんだなあって今日思った。
葛西臨海公園が会場として映ってて。
なんか実感がない。
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by mizuki_n0314 | 2014-06-27 01:56 | tweet

勉強になりますから考えたこと

医療系の人材紹介をやっていて、全国の病院に出入りして医師や看護師さんと日常的に接して現場の声を聞いている友人と今日たまたまLINEでトークが深まった。

私はうつ病、双極性障害などの精神疾患もその人の特性のひとつだと思っている。
投薬でも改善はするし、脳の病気なので病気は病気だが、生活ができていて本人が極度な辛さを感じていなければ共生していけばいいと思っている。

そして職場の同僚やカウンセリングした方にいたし、うつと両方抱えた方も多く見てきたので発達障害に関しても少しずつ勉強していた。
よさげな本を買ったのでまたこれを機にしっかりやってみようと思う。
でも、特に発達障害に関してはうつほど直接の治療法がなく、どちらかというと本人がそれを自覚し、生活の仕方や自分の内的に起こることの根っこに気付き、社会生活を少しでも生き易いものにするための方法を体得していくといったものだ。

とすると、というか、特に発達障害は脳の機能障害とは言われているけれど、これはやっぱり個性だと私は思う。でも、この病気を持たない人にとっては理解し難く付き合いにくい個性かもしれない。
でも、やっぱりこれは特性や個性の一部で、加えて言うと精神疾患も軽いものは特性や個性で、周囲の人が愛情を持って根気づよく接して医療機関の手も借りながらその人なりのライフスタイルを作って行くのがいいのではないかなと思っている。

そして、それに関してまず私にできることはなんだろうとここ1ヶ月くらいで考えて行きたいと思っている。
貴重な情報と考える機会をくれた友に感謝です。
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by mizuki_n0314 | 2014-06-26 02:18 | days

無題

ずっと大人の発達障害のよさそうな本を探していたのだけど、Amazonでらしきものを見つけて注文。
うつの本もそうだけど、月日を追うごとにいい本が出て来ている。
一方不安を煽ったり偏見を助長するような扇情的な本も出てくるので見極めが重要。
一緒に平野 啓一郎さんの空白を満たしなさいも。
久々ずっしりくる読書の体験になりそう。
そろそろ短編、詩集、俳句オンリーの読書生活から脱しようかしら。
やっぱりいろんな本が読みたい。
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by mizuki_n0314 | 2014-06-25 23:18 | tweet

My Dear Friend/Curly Giraffe



昨日に引き続き音楽のご紹介。
こちらは久しぶりにハマっています。だいぶ前の作品なんですけどねー。
Curly GiraffeはGREAT3の元メンバーの高桑圭さんのソロプロジェクト。
穏やかで、洗練されているんだけど日々に無理なく溶け込む音楽たちです。

今までずっと日曜の昼に家にいる時など、休日感がある時に聴いていたのですが、最近夜に夜っぽいひりひりする音楽を聴くのに疲れてしまってふと夜に聴いてみたらすごく心地よく意外な発見でした。
PVとかジャケのデザインとか夜感がまったくないのですが合うのです。
梅雨で雨の夜も多いですが、部屋の窓を網戸にして外からの風を感じて遠くの電車の音を聴きながらCurly Giraffeでほっこりするというのが最近のリラックスする夜の過ごし方です。
それにティーツリーとフランキンセンスのアロマ(リフレッシュ系の香りですがどことなくだるくて眠い私にはぴったりです)があればばっちりです。

そんなに疲れているという感じはないのですが、ああいう(どういう?)ひりひりした音楽でクルー!と思うほどにタフではないようです。

Curly Giraffeは今度新しいアルバムが出るようなのでそれもとても楽しみです。

The very best of Curly Giraffe(ベストが出ているのでまずはこれからどうぞ) Amazon.co.jp
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by mizuki_n0314 | 2014-06-25 20:26 | music

All Night/Houses



最近文章ばっかりだったのでたまには音楽のことでも。
音楽はいろいろ聴いているつもりですが結局いつも聴いているものは同じものばかり。
その中でもいつ聴いても絶妙な美しさと癒しを鳴らしてくれるのがこのAll Nightというアルバムです。

だいぶ前にサカナクション山口さんのお気に入り音楽としてtwitterで紹介されていて知りました。
ジャケットの写真とタイトルそのままのベッドでゆったり過ごす夜にぴったりの音楽です。

アルバムの3曲目がこのRedという曲なのですが、音の展開がどうにも幸せなふっくらした展開(なんだそれ)で大好きです。

このアルバムがあればひとりの夜も穏やかで静かでいい時間になる。
いくつもの長い夜をひとりで乗りこなしてきた山口さんが好きな理由も何となく分かります。

というかまたいいアルバムの常としてジャケのデザインがいいんですよねー。

ただしこのYoutubeはどうしようもなく音が悪いです。
ぜひCDでふっくらを感じてくださいませ。

All Night/Houses Amazon.co.jp
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by mizuki_n0314 | 2014-06-24 22:45 | music

ふわっと

この病気をすると否が応でも身に付くあり方がふわっとさせておけるってこと。
なんか他の人はどうなのか分かりませんが、私はとってもこれが苦手というか居心地悪い感じでした。
言い訳してるんじゃん、ホントに自分のやりたいことやってないんじゃん、考えてないってことじゃんって。
白黒はっきりさせて向かうところに向けて進んでいるほうが楽なのです。
そして周りも自分もそのあり方を認められます。
でも、この病気をすると明日自分がどう感じるかどこまで動けるかが分かりません。
病院の先生からもいつまでには仕事復帰したいのでいつまでにこういう体調にしたいんですけど、と言って厳しく叱られた覚えがあります。
ある意味その日暮らしをしていくことが大切な病気だったりします。
もう病気の症状は睡眠以外にあまりない私ですが、今でも一日無事仕事を終えて疲れもほどほどに寝る準備ができると安心します。

年間とか月ごととかに目標を立てたり、こうしよう!と決めて自分をし向けることが大事だったりもするのは分かります。
というかそのほうがやっぱり得意ではあります。
やり慣れたやり方というか。
計画して実行して課題見つけて修正してまた実行して、いつまでにって。

でも、今はとりあえず今日そして明日気付いたら一週間。
仕事も人間関係も将来のための勉強も家のことも、やるべきことやりたいこと決めたほうが楽なことたくさんあります。
でも、あえてふわっとさせて時期を見て行動に移す、自分や周りの人の気持ちの変化を待って決断する、もやもやを怖れないということは大事だなとだんだん思うようになりました。

写真が好きなので写真に例えると、というか昔写真家の藤代冥砂さんがインタビューで言っていたのですが、どうすればいい写真が撮れるのか、いわゆるシャッターチャンスはどういう時かという質問に、「写真家はその時がいつ来てもいい受け皿をいつも作っておくことです。そしてその時が来た時にふとそれを受け止めることができればいいなと思うだけです」と答えていらっしゃいました。
自分で何でも決めて努力すれば叶うと思っていたカメラ少女の10代の私にはとても印象に残る言葉で、今は実感としてこの言葉があります。
私は決めなきゃ処理しなきゃどっちかにどこかに動かしたいと思うことでも、ふわっと今の状態にしておいて、その時が来た時にきちんと動けるよう誰も見えないところで準備していればいいのです。
いざその時が来た時に動けるように、受け止められるように。
そのための端からみれば怠惰で単調で停滞しているようにすら見える一日一日をちゃんと過ごしていこうと思っています。

バシャバシャシャッターを切ることはいつでもできるから、あいつ何もしてないんじゃない?って言われるような沈黙の時を怖れず最高で自然でふくよかな一瞬に呼吸をするようにシャッターが切れるのを待ちたいです。

でも、写真、デザイン、文学、音楽、法律、キャリア、心理とほどほどに勉強や実務をしたこととがある領域はありますが、それぞれを突き詰めて考えると繋がる考え方があって本当に面白いですね。
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by mizuki_n0314 | 2014-06-24 00:30 | days

さて

仕事から帰ってへんな時間に寝てしまって眠れないので書くことでも。
しばらく体調がよくなく、病気の症状が出たりして自分も辛く周りにも迷惑をかけていたのだが、ここ1週間はとても健やかに過ごせている。

一番はお天気がよかった。
私は低気圧が苦手で、疲れている時に低気圧が来ると体がだるく起きられなかったり、気分が塞ぐ。
あとは、1月から徐々に4月から特に増えて行った仕事量にやっと慣れたようだ。
そして、晩ごはんは手を抜いてレトルトなどを活用している。
そして、テレビをやめてぼーっとラジオ聴きながらストレッチするようにしている。
仕事も適度に握る手をゆるめてから気負うことなくできるようになってストレスも減った。

1月〜3月、特に新しいクラスが始まる4月はとんでもなく心身ともにぱつぱつですごくイライラも不安感もあった。単純に余裕がなかったんだと思う。
でも、そこを何とか周りの支えも借りながら乗り越えてだんだん働ける時間が増えて行っている。

去年の4月には週に3回、1日3人のカウンセリングを月のうち2週間が精一杯だったが、今では週5日で1日平均6人のカウンセリングもしくは大学生の作文の添削業務を10ー16時でやっている。
体調ちょっと凹んだりはあったけれど、仕事を辞めることなく今まで少しずつ仕事量も増やし信頼も得て仕事ができているのはとても嬉しい。

病気をした人はこういうなんてことない普通の働き人としての生活をしたくてもできない時期があるからとても嬉しい。

でも、これからもどんどん増やして行くかというと逆で、前にも書いたようにとりあえず数というステージは終えたいし、勉強したいし、そもそも体調前回のどっぷりぶり返しからせっかく1年3ヶ月でここまで持って来たのにもうぶり返したくない、というか減薬もしていきたいし、というやはり仕事・勉強&療養・プライベートをうまくバランス取れた生活にしていきたいと思っている。

今、それが自分でも納得感あって、できそうで、明日は休みで友だちと絶品パエリアを食べに行けるし、心が軽く、穏やかな気持ちなのだ。

でもいつも思うけど、私が仕事や病気でぱつぱつしちゃって迷惑かけた人たちのことを考えると、こうやって私が元気で仕事もほどほどにできて、穏やかで優しい気持ちでいて相手にも優しくおおらかな気持ちで接することができると一番いいんだよなって。
でもこの病気ってコワくって、というかこの病気に限ったことじゃないけど、自分が渦中にいる時って自分が今ぱつぱつになってる、様子がおかしいって分からないで突っ走ってしまうのですよね。
ホント要注意です。
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by mizuki_n0314 | 2014-06-21 03:29 | days

苦労との付き合い方

私の性格が一番の問題なのは明白なのだが、私の周りには割と端から見れば苦労なことが多く、私自身も苦労することが100パーセント悪いこととも思っていないので引き寄せる格好になってしまっているのだと思う。

両親が早世したり、キャパ以上にはいはい仕事を請けすぎちゃったり、自分がコンディション悪いのに友だち家族の気持ちに寄り添わなきゃと思ったり、でもやっぱりそれぞれの役割を全うして最善を尽くさないと自分を許せないって思ったり。(単に要領悪いだけでもありますが)
そして、でも、そういう決断をする時に「ま、いっか」と思える一番の根っこにある考え方は、苦労をきちんとした先にはとっても豊かなご褒美が待っていると実体験を通してもカウンセリングで多くの方にお会いしても感じていてそれを信じているからだ。
バカみたいに見えるかもしれないけれど、苦労の先のほうにより光を感じるのです。

そしてさっきから苦労苦労言っているけど、私は本当に「ああーーー!もう!」って時もあるけど、波風あっても長ーくゆったりした気持ちでどんと構えて少し先を見て日々やることをやっているだけという感覚で、苦しい、辛い、泣きたい…とはちょっと違う印象です。(病気持ちなのでスポット的に辛い時期はあって周囲にも大変な迷惑をかけていますが)

で、今日のハートネットTV(ETV)を観ていて。
今日は大阪の西成区にあるこどもセンターとおとなセンターの特集でした。
こどもセンターは不登校やDVなど様々な要因で社会に居場所のないこどもたちのシェルターのようなところ、おとなセンターは路上生活経験や各種依存症や精神疾患、服役経験などから社会復帰が難しい方の自立支援の施設です。

将来的にはこのような社会の制度の網の目からこぼれ落ちてしまっていて、かつ民間のサポートもまだ手薄な方々の就業支援をしたいと思っています。
そのために社労士やキャリアコンサルティング技能士、指定施設への在籍証明が必要ですが、社会保健福祉士の勉強をして専門家としてサポートしていけるようにしたいと考え、今カウンセラーとしてとりあえず面談を数こなすというステージから次のステージに行く為の勉強の期間にうまくして行きたいなと模索中です。

となった時にとても自問自答していること。
それはカウンセラーとして支援者としてどこまで自分の心身を捧げて、削ったとしてもそれらの方々の支援が果たして全うできるかという点です。
もちろん支援者が心身ともに健康であることがよりよき支援の大前提であり、対象者の方々の人生全ての責任を負うわけではないというのは分かります。

しかし、私もカウンセラーとして現場に立っていて、私立大学の就職課のカウンセリングは楽しいことアツくなれることがとても多いです。それは対象となる学生たちの若さ、そして私立の大学に通学している学生というカテゴリーにいる方々だからです。
一方、今やっているハローワーク関係のカウンセリングでは、ハローワークは基本失業をした社会人の方が来るところという特色があり、雇用はもちろん、家庭、金銭、心身、多くの問題を抱えた方が大学に比べてはるかに多く、その分鬱憤もたまっているのでしょうが、カウンセラーに対する当たりの厳しい方もいますし、働く気のない方も実は多くいらっしゃいます。
このようにカウンセラー、支援者と一口に言ってもどのような方々を対象にするかによって仕事によって受ける心身の負荷は異なります。もちろん、それによって得られる嬉しいことも違います。

私は前述のような仕事を将来的にしたいと思っていますが、本当に自分が多少自分の心身を削ってでも、軌道に乗るまで頑張れるか、そこで働く個人としての手応えを感じられるのか少しまだ迷いがあります。
それは私がそのような方々を取り巻く現状と法律制度について詳しくなく具体的なイメージが持てていないからだとも思います。

それともう1つ。
プライベートで愛するべき人の面倒臭さやどうしようもなくダメなところ、弱いところ、これから頑張るよ、というところをしっかり堂々と受け止められないような私に何ができるのだろうと思うのです。
優しくて、繊細で、でもちょっとすっとぼけてて、何より私のことを頭がおかしくなるくらいに考えてくれている人のいいところだけを得ようとして、ダメなところがいっぱいだからあなたはダメ、ではそれは逃避ではないのかと。

私が広告の仕事を辞めて数ある仕事の中からキャリアカウンセラーを選んだ理由、その前に人としての生きるモットーみたいなものがあります。
それは、私は不特定多数の人にシアワセになってもらうことには興味も能力もありません。
(そういう仕組み作りが得意な友人がいるので、その辺は彼に頑張ってもらいます)
でも、その分、私の目の前にいる人、近くで関わる機会に恵まれた人はシアワセにすべく最善を尽くしたいということです。
そのような小さな規模のやり取りの中に私の生きがいもあります。

それが、ひとりの人にうまくできない。
ちょっと逃げようとしている。
そんな私は、困難からは逃げていいんだよ、てか逃げちゃえ!という周囲の声と、でも彼は優しくて正直で不器用な人、私がうつの症状で不安感が強い時に胸に抱いて私が眠っている間ずっと動かないでいてくれたり、全然お金使わない人なのに私を喜ばせるためにふなっしースタンプを買って送って来たり、そもそも私をしっかり抱え込もうとしたせいで疲れてしまったんだって、もう一度きちんと向き合ってみるのもひとつの考えだな(もちろん彼の意向もあるので双方納得すればの話ですが)という考えの間で最近シーソーゲームです。

そこからさらに、私ちゃんと堂々と前述したような方々の支援者としてやっていけるのかしら、と自分を不甲斐なく思い、どこにそのような支援者の方々はモチベーションや喜びを感じているのかなあなんて思いながら今夜のハートネットを観ていました。

雨の降らない梅雨の夜、ストレッチして凝ったからだをほぐしながらそんなことを考えているのです。

ま、でもやっぱり、苦労の先にこそ光がある、って私は思いますかね。
人から苦労を買いに行ったようなものだと言われても、その先にある喜びがあるって知っているから、人にどう思われようとやっぱり買いに行っちゃうのかもしれませんね(笑)

でも、苦労は不幸ではない。
それがきっと私が病気を経て得た強さ、なのかもしれないですね。
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by mizuki_n0314 | 2014-06-19 00:37 | days


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