it's ALL right


so goodな毎日のつづき
by mizuki_n0314
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働くこと

今日は4月からの新しい仕事の選考に行って来た。
しばらく働く気ではなかったのだが、週1、2回ということだったのでチャレンジ。
面接に行って、担当の方と話して、やっぱり私は仕事が好きだなーと思った。
死ぬ気で働きたくはないけど(笑)、できれば働きたい。

キャリアカウンセラーという仕事柄「働く」ということについて常に考える。
どんな仕事に就くかも大事だけど、なぜ働くのか、どう働くかも大事だ。

キャリアカウンセラーの資格を取る時に勉強したが、人の欲求は5段階に説明できて、生理的欲求の満足や安全や愛情を感じることがまず優先で、最後に自己実現の欲求がある。
私にとって仕事はまず第一に安心な生活をするための糧を得るものであり、今後の一生を考えてもキャリアを積んでいつでも食いっ逸れのないようにしておこう(笑)という目的がある。
でも、やっぱりその次の目的は自己実現というか自己満足みたいなものだ。
女性はお金のためじゃなくて自己実現とか夢を言い出す分、男性よりどんなキャリアを選ぶか雲をつかむような感じで転職のカウンセリングをしていた時は実に困った。
でも、誰が何と言ってもこう働きたい、これを実現したいみたいなのが私もぼんやりある。

今までの私のキャリアは営業、制作、キャリアカウンセラーとばらばらだが、私は基本的にはずっとキャリアカウンセラーをやっていきたいと思っている。
大学でもハローワークでも、企業でもその他どんなところでもいいし、常に第一線でなくてもかまわない。
できれば働くことを考える個人と向き合って仕事がしたい。
それは、ひとりひとりの個性や人生と向き合い、自分が知り得た情報と何人もになる様々な価値観のチャンネルを活かして仕事ができるからだ。
この仕事は与えるだけでなく、それ以上に得るものも多く、月並みな言い方だが、人間的にも成長できるなと感じている。
そう、そして歳をとればとるほど味が出る職人的な仕事でもあると思う。
時流に合わせるのが大変ですけどね。

キャリアカウンセラーをやりたいということに加えて、というか、それ以上に私が働くうえで大事だと思っていたり、こう働きたいというのがある。
それは、「世の中にぜひあったほうがいい仕事」をするということだ。
それは職種ではなく、自分の働きが世の中にとってあったほうがいいかが大事ということだ。
いくら自分がやりたくても、お金がたくさんもらえても、世の中になくてもいい仕事(本当はそんなのありませんが)や不快な思いをする人がいる仕事やゴミを作る仕事はしたくない。

例えば、私はデザインを志し、新卒で入社した会社を辞めてアルバイトをしてでも美大に入ったくらい本気だった。
でも、難しく考えなくてもきちんとメッセージを伝えられる美しい作品を作る同級生をたくさん見て、正直、私はデザインをやってもそれは本当に本当に自己満足でしかなくて、世の中的には欲されていないし、他の人がやったほうがいいと思った。
デザインは人の心に触れるものである一方、すごく商業的なので、ここに下手に参加するということは世の中の量産されていくどうでもいいデザインやそこで交わされる結構高額なお金のやりとりに手を貸すことになってしまうと。
何かそれはいやだった。

また、私が以前やっていた転職のカウンセリング(人材紹介)に関しても同じように思うところがある。
人材紹介というシステムは、人材紹介会社を通して転職をするとその仲介料として企業が人材紹介会社に転職した方の年収の3割程度(企業によって異なる)を支払うというものだ。
ということは、人材紹介会社のカウンセラーは自分の会社を使って転職をして欲しいという考えを持った営業でもある。
私はこの仕事を始める時に「危うい均衡の上に成り立っているビジネスだな、でも、最高の形でこれが実現できれば、転職者も企業も自分の会社にとってもプラスになるな」とその価値を見いだした。
でも、思った以上に難しく、私はその危うい均衡を保てず、営業成績が思ったほどは伸びず、転職者に不快な思いをさせることもあった。
でも、私の周りにはほんの数人だが、この均衡を高い確率で保って仕事ができているように見受けられる人がいる。
私はこの均衡を保てないストレスもあって病気になり、ステージを降りたが、この数人と、そしてこのビジネスをやっている全ての人に自分なりのやり方でぜひこの均衡を保って素敵な価値を産む仕事をして欲しいと強く願っている。
私にはできないことをちゃんとできる人がいるし、最高の均衡ならすごくいいビジネスだと思うから。

と、だいぶ話は長くなりましたが、私は、これからもキャリアカウンセラーとして、やっぱり「この仕事してくれててありがとう」と思われるような仕事をしたいと思っている。

21日は卒業式。
私がカウンセリングを担当させていただいた4年生が卒業して、4月から社会人として働き始める。
家族のためでも、好きだからでも、うっかりでも動機は何でもいい。
何年かする頃に、胸を張って自分は役に立っていると言えて、自分に自信が持てる、そんな仕事をして欲しいなと思っています。
でも、まずは初めて知ること、初めて体験することの新鮮さを存分に楽しんで、社会人も悪くないなーって思ってもらえたら嬉しいかな。
卒業おめでとう。活躍と幸せを心から祈り、先生はいつまでも応援していますよ(笑)。
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by mizuki_n0314 | 2012-03-17 00:03 | days

SPIRITUAL STATE/Nujabes



2年前に事故で急逝したNujabesの遺作のこのCD。
何かいなくなってしまうことを予感していたかのように静かで穏やかで、でもじんわり心に印象を残す1枚です。
美しすぎるものは力強さと共にもろさや儚さを感じさせるんだなーと思います。
特に後半のPrayerからIslandの流れは最高です。
ああ、泣けてくる。

ちょうど今日、クラムボンとtoeが参加した追悼盤が出たらしいですね。
レコードオンリーなのがすごく残念。

SPIRITUAL STATE/Nujabes hydeout productions
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by mizuki_n0314 | 2012-03-16 23:45 | music

雨と休日ライブ

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これに行くことになりました!
西荻窪の古民家レストランで美味しいディナーをいただきながら、ほっこりライブが聴けるなんて素敵。
職場の方を誘って大人女子ならではの楽しみを満喫してきます!

雨と休日 オンラインショップ
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by mizuki_n0314 | 2012-03-16 00:38 | music

春の訪れ

3月11日、通りの家の庭に梅の花がちらちら咲いているのを見つけた。
3月11日、日本中が鎮魂の祈りに包まれた日。
昨年の今頃、私は母を亡くしたばかりで、だから震災で大切な人を失った方々の姿を見るととても悲しくなった。
実家の仕掛かりの仕事がたくさん残っていて、この頃私は週に1回は実家に帰っていた。
うちは造園屋なので庭に木がたくさんある。
梅の木が2本、実家に帰るたびに少しずつそのつぼみがほころび、控えめな花を咲かせていくのを見ていた。
母が亡くなった冷たく暗い夜から、ただただ目の前のことを必死でやっているうちに春になっていた。
それを少しずつ温かくなる気温で、そして庭に増えていく梅の木をはじめとする木々の芽吹きで感じた。
明けない夜はないとよく言うが、季節は必ず春が巡ってくる。
時間が経てば、そしてその時間をプラスマイナスちょっとプラスくらいで生きていれば、きっと温かな時間が増えてくる。
今年、梅の花を見て、そんな風に感じた昨年の春を思い出しました。

全ての人にとって温かな春が来ることを心から願っています。
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by mizuki_n0314 | 2012-03-15 23:47 | days

最近

しばらくなりを潜めていた病気の症状が再発をして自宅で療養生活を送っている。
大学の仕事は3月末で契約を終了して、4月からは療養しつつ少しだけカウンセラー関連の仕事をできればなと思っている。
なぜ再発してしまったのかなど自分の生活の中に犯人探しをしようとすればいくらでもできるし、自分が選んだ自分の生活を否定したりすることもできる。
でも、無理はあったにせよ私なりに楽しく毎日を過ごして来たので犯人探しはやめようと思う。

病気で自宅のベッドで寝てばかりいる生活。
辛いには変わりないが、2度目ともなると多少は成長する。
先に話した、犯人探ししないこともそうだ。
課題解決や何とかソリューションという言葉をよく聞く現代を生きる私たちは頭の中に原因と結果という考え方がインプットされてしまっている。
「何が良くて何が悪かったから今度こうしよう」その考えで全てが解決するわけじゃないことをこの病気をして感じている。
もちろん原因となるストレスフルなことがあって病気になるのだが、それは複合的であって1つに特定できないし、したところで病気がすぐ治るわけではないし、その原因と思われることが本当に原因なのかも定かではない。
起きてしまったこの状態をありのまま受け入れて、「もしこうしていれば結果は違ったかもしれない」という考えをしないようにしている。
辛いね、苦しいね、でも、これも私が受け入れるべきものなんだろうね、って。

再発したことも、大好きな仕事を続けられなかったことも、一人の時否応無しにかられる孤独感も、将来の不安も受け入れることでしか日々は過ごせないし、その先に日々はつながっていかない。
一度目のこの病気にかかるまで私は自分的に大きな挫折を知らなかった。
それなので、自分の力を過信していたし、病気になったこと、キャリアを中断しなければならなかったことに対する苛立ちも半端ではなかった。
それだけ張りつめて力をフルに発揮して強がって生きていたのかもしれない。
楽しかったけれど。
でも、今は病状が悪くて何も起きていないのに辛くて辛くてしかたない精神状態の時以外は、ダメな時もあるよな、自分のできることをできるだけやればいいよな、って思うようになった。
そして、今回再発してまた療養生活に突入することによって、自分は体力的にも精神的にも無理はできないものを体に抱えてしまったんだなということを実感させられることになった。
それは、私にとって「今の自分と等身大の小さいサイズの幸せ」を納得して受け入れることだった。
小さい頃から私はいつも背伸びして自分の実力より大きな目標を目指して自分の実力を伸ばしてきたように思う。
そう思い込んでいるだけかもしれないけれど。
でも、もう私はすごく無理はできない。
少なくともここしばらくは「自分より大きいサイズの幸せ」を常に追い求めることができない体だからだ。
これは私にとってずっと慣れてきた生き方のくせを変えることであって、すごく困難なことだった。
でも、最近、今の自分にできること、無理しないこと、続けられることということを考えると、「今の自分と等身大の小さいサイズの幸せ」や背伸びしなくても余裕で届くところにある幸せを大事に思って丁寧に生きることが必要なんだなと思っている。

こんなこととっくに気づいている人は多いですよね。
私は今になってこんなことに気づいて…まだまだ精進が足りませんな(笑)。
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by mizuki_n0314 | 2012-03-10 18:11 | days

Lentemuziek/Laura Arkana Met Peter Broderick

d0150688_17562670.jpg雨の休日、静かな深夜のおともは最近もっぱらこのアルバム。
昨年CIBONEの本コーナーで流れていて気に入って即購入。
ベルリン在住のアメリカ人音楽家Peter Broderickとオランダ人シンガー・ソングライターLaura Arkanaのコラボレーション・アルバムです。

Laura Arkanaの素朴で優しい歌声とありそうでなさそうな展開のメロディーが素敵です。
このジャケット写真が象徴するようにどこかファンタジックで光溢れる繊細な作品になっています。
基本はギターとピアノの弾き語りなのですが、そこにいろいろな楽器が加わってシンプルだけど層の厚い音になっています。
こういうフォーキーな作品も最近好きで雨と休日とかでいろいろ探しては楽しんでいます。

Lentemuziek/Laura Arkana Met Peter Broderick Pastel records(試聴できます) 
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by mizuki_n0314 | 2012-03-10 17:59 | music


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